50代9ヶ月長期留学WIP①〜きっかけ編〜
2025年4月頃だっただろうか。4番目の次男が、TVを見ている私の背後から、突然「母ちゃんこそ、イヤロン(高校生の10ヶ月の留学のこと。ここでは、1年の留学に行くことを意味している)に行くべきだ!」と言い出した。
確かにイヤロンに行けるなら、行きたいな!と、3人イヤロンに送り出したので、「高校生はいいな、私も高校生に戻れるなら、自分が行きたいわ・・・」と思っていたし、子どもたちの前でもつぶやいていたかもしれない。
「じゃあ、3ヶ月アメリカに行った人がいてるから、行ってこようかな?」と、次男に話すと、次男が「3ヶ月じゃダメだ!1年じゃないと、意味がない。長期で行かないと、見えるものも違ってくる。母ちゃんこそ、1年留学して、自分を再構築してきなよ」と言う。
2年前に中国上海の太湖大学堂という小・中学校に1ヶ月間、日本語の先生として行った経験があるから、今度は3ヶ月アメリカで英語に浸ってくるのもいいかな?と思ったのだけど、1年間? 夏の1ヶ月のアメリカの引率もあるけど、それも行ったことがないのに、なんだかいきなり飛びすぎている気がしてきて、息子と口論になった。
私「1年なんて、長すぎる!毎週やっているファミリーは、どうするの?次男が毎週行ってフェロウ役をやってくれるなら、安心だけど」
次男「それは、ファミリーのみんながしたらいいことであって、俺も学校があるから忙しい」
私「1年間行きたい!なんて言ったら、みんな、それじゃあ、移籍します!とか、ヒッポ辞めます!とか言う人が出てくるんじゃないかな?ようやくここまで人が集まってきたのに、それを壊すようなことはしたくない」と言うと、
次男「そんなのは帰ってきてから、また考えたらいいことだから、一旦、母ちゃんは、1年間、海外に行かないとダメだ!母ちゃんは、フェロウやって20年。これからヒッポのフェロウとして続けていくにしても、行くべきだと思う。僕たちもいつまでも家にいてるわけじゃないし、あと1〜2年で、みんな家を出る(大学や留学などで)んだから、この1〜2年のうちにイヤロンに行ってくれ。犬と父ちゃんは、俺らが面倒見るから」
「ええ〜!!」となっている私に追い討ちをかけるように、次女が「1日でも早く行ってほしい。私も1年後にはフランスに行きたい。」と。

行ってもいいよ!と言われても、1年間となると、そう簡単には決心がつかない。こんなことを言い出すようになった子どもたちの成長が嬉しいけど、そうは言っても、大学生世代になっていて、お金もかかれば、何より心配なのは、今まで築いてきたファミリー。今、とても優しくて、素敵で、居心地の良い人たちが集まっていて、まさしくファミリーのような温かい場になっているのに、それを自分で壊すことはできないなと、そんな胸の内を子供達に話すと、全部、私の心配の種を説得して、心配理由を潰してくる。
口論は続き、何も言う言葉が出てこなくなってきた私に、次男がこう呟いた。
次男「これが、母ちゃんたちフェロウがやってきたことだよ。イヤロン生も、行きたくない!とか、なんで行かないの?理由を話してみて?と話したら、全部、理由を潰して行く方向に持っていく。。。」
まさに、逆の立場を大人の私が経験して、「ガーン」となっているところに、長男が、
長男「だけど、そのおかげで、俺は行きたくなかったけど、10ヶ月間アメリカのアラスカ州にイヤロン行かせてもらって、その体験が本当に良かった。もし行ってなかったら?と考えると、きっと普通に大学に行って、普通に就職して、自分の将来について何も考えなかったと思う」とイヤロン先輩の体験談が、家の中で始まる。。。笑
長女もイヤロン体験者。「行ったらいいじゃん、楽しいよ」と被せてくる。
中でも一番嬉しかったのは、次女からの言葉。「1日でも早く行ってほしい。私も1年後にはフランスに留学に行きたい」という言葉だった。次女だけは高校の時にバドミントンの部活が忙しく、部長もやっていたので、部活動を引退してから、冬出発でイヤロンに行ったらどう?と勧めていたのだけど、その当時の次女は「イヤロン行かせられて、かわいそう!」と兄弟たちのことを言っていた。よっぽど行きたくなかったのか、1日家出したくらい笑。その次女が、「ママも、イヤロン行った方がいい」と言うのだった。「どの口が言ってるねん!」と内心思ったけど、あの時は行かない選択をした次女だったけど、社会人にもなり、今、海外に留学したくなったみたいで、それはそれで、生まれた時から多言語の環境で育ててきた私としては、めっちゃ嬉しいことだった。
そして・・・悪巧みをする時は、昔から妙に子どもたち4人が団結する。笑
この日の話し合いを境に、まだ決心つかない私に、4人の子どもたちが「母ちゃんをイヤロンに!」運動が始まった。
次の日。私の顔を見るなり「決心ついた?イヤロン行くよね?」と、4人から言われる毎日。
それでも、決心しない私を見て、次男と次女が中心となって、次の作戦が始まった。
私が1年間行くにあたり、次に心配になったのは、「家族の食事」のことだった。流石に1年間ともなるとずっと冷凍食品とか外食というのはありえない。そんなところも、決心がつかなかった理由だった。
そしたら、次男が、「これから昼食と夕食は俺たちが作るから、母ちゃんは何もしなくていいから、イヤロンどうやったらいけるか?だけを考えてくれたらいい」と言い出した。

その日を境に、本当に、次男が夕飯を、次女が昼食を作るようになった。1ヶ月間の食費をまとめて財布に入れて、買い出しも姉弟で行き出した。1ヶ月の食費の管理が始まった。節約するために、姉弟と相談したのか、いつもの食卓ではなく、おかずも少ない。
長男は料理はあまり得意でもないし、好きでもないから、もっぱら食後のお皿洗いと風呂掃除とお風呂を入れるのが担当になった。いつもダンスだ!大学だ!と忙しくて家にいなかった長女は、大学卒業後も家にいないことが多かった。長女だけが家の家事をしないという感じだったので、いつか喧嘩になりそうだな?と思ったら、やっぱり喧嘩になった。(長女は、この時期は、大学卒業後、大学院に行く準備で、4ヶ月間フリーな期間だったから、最後の大学生活?を楽しんでいました)
次女も自分が家で食べない日も、ちゃんと昼食作ってから、出かけていたし、次男も大学で遅くなったりした時も急いで帰ってきて、夕飯を作ってくれた。
思い起こせば、子供達が小学生の頃、お手伝いに、料理をよく手伝わせていた。長男以外の3人の子どもは料理が好きになり、ケーキやら、料理をたまに作ってくれていた。それが、この時になって、このような形で返ってくるとは・・・
洗濯は5年前から、各々のバスケットを用意して、自分の洗濯物が溜まったら、各自で洗濯するシステムになっていたので、洗濯は問題ない。(このシステムにしようよ!と言ったのも、実は、次男だった。お母さんだけが、家事を負担しなくても良いと・・・。)
1ヶ月がすぎ、そのうち、やる気も失せて、諦めるだろうと思っていた私の予想は、覆される。
1ヶ月をすぎても、2ヶ月をすぎても、辞める様子がない。
その間、「今日は、本部に行ったのか?ちゃんと、本部の人に言えたのか?」とか、ファミリーの日だと「今日は、ファミリーのメンバーに相談できたのか?」と尋ねられた。
子どもたちから、圧をかけられて、ようやく観念して、「じゃあ、ちょっとメンバーに行ってもいいか、聞いてみるか?」と思うようになった。
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